皆さん、おはようございます。

昨日は終戦記念日。12時に1分間の黙祷をし、

自分の生き方を省みた昨日。

ご先祖の墓参り、70歳、80歳を超えた親戚

と1年ぶりに会っての会食や会談。

皆さんはいかがお過ごしでしたか?

 

終戦記念日

 

知恩報恩です。

 

 

私(我社)は販売業、サービス業でありながら、

毎年、お盆の時は会社を休ませて頂きます。

 

お盆の時は、ご先祖への供養、親戚との集いを

優先させて頂きます。

 

 

今の自分があるのも、

 

今の会社があるのも、

 

全てはご先祖さまのおかげ。

 

 

 

昨日は、中学3年の時に亡くなった祖母の

墓参りでした。

両親が仕事(今の会社)で忙しく、

私の面倒を見切れないということから、

延岡から1時間半ほど離れた「西都市」に

住んでいた祖母に、我が家に移り住んでもらって

私の世話や、家の世話をしながら

一緒に生活をしていた祖母でした。

 

本家の西都市から60を超えた老人を

転居させるのは大変なこと。しかも本家には

長男家族と一緒に住んでいるわけですから。。。

 

うちの両親が頭を下げて、こっちに引っ張ってきた

感じです。

 

もちろん私はそんな「大人事情」は当時は知りません。

うるさい親みたいなのが一人増えた!!

ってな感じです。ちょうど反抗期の時でしたから

正直「うざい」存在ではありました。

 

でも今振り返ってみれば、祖母の晩年の5年は

私とのすったもんだの日々でしたから、私と祖母の関係は

親戚の中でも一番「深くて濃い」わけです。

 

 

一緒に買い物に行く。

一緒に晩御飯を食べる。

一緒にテレビを見る。

彼女を連れてきて煙たがる。

反抗して暴言の連続。

 

楽しい思い出や腹が立った思い出。

たーくさんの思い出があります。

 

そんな祖母が亡くなったのは私が中学3年のとき。

突然吐いたりして、私がおんぶして病院に担ぎ込みました。

そしてその日に亡くなったのです。

最期の最期まで一緒にいたのは、両親でもなく

おじさんおばさんでもなく、私だったのです。

 

 

あれから32年・・・。

 

 

私はことあるごとに、この祖母の墓に行きます。

自分が行き詰まったり、悲しかったりした時は、

誰にも内緒でこっそり墓に行きます。

ばあちゃんが好きだったタバコを持って

線香代わりにタバコに火をつけます。

 

僕にとっては、一番のばあちゃんでした。

そして今振り返ってみれば、

あのばあちゃんがいたからこそ、我が社の礎が出来たのです。

 

 

昨日はおじさん(ばあちゃんの長男)に

 

「今のお前の会社があるのも、このばあちゃんのおかげだな」

「お前の会社が繁栄すれば、ばあちゃんもきっと喜んでくれるぞ」

 

と言われました。

たまらず目頭が熱くなりました。

 

 

知恩報恩

 

 

お盆って、こういう日だと思うんですね。

先祖が自分にしてくれたことを知る。

自分にくれた恩を知る。

そしてその恩に対して、自分がどう報いるのか。

それが「生き方の覚悟」のような気がします。

 

 

 

仕事においての「志」や「理念」などを明文化し、

日々それに向かって邁進していますが、

その根底には、この自分自身の生き方の覚悟が

根本理念としてあると思います。

 

 

人様に喜んでもらいたい

 

という志、理念の根本理念は、

 

 

 

ご先祖に恥じない生き方

 

ご先祖に誇れる生き方

 

ばあちゃんが喜んでくれる生き方

 

 

 

これが、私の根本理念。

 

それに改めて気付かされた1日でした。

 

 

 

知恩報恩

 

 

森信三

 

 

そして8月15日の夜、毎年必ずやること。それは

 

戦争映画を見ること。

 

 

昨夜は息子と二人で

 

俺は、君のためにこそ死ににいく

「俺は、君のためにこそ死ににいく」

 

 

でした。

 

 

最後のシーンで特攻で死んでいった仲間たちに

伝える言葉。

 

 

「あ・り・が・と・う」

 

 

私も息子も涙でした。

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